教室関連 愛と恋! 意識と無意識の違い!

教室関連 愛と恋!

教室関連! 愛と恋! 

難しいことを言うとわかりにくいのでコンプレックス理論を恋と愛について説明いたします、赤ちゃんのころからのお話しをしなければいけませんので!少し長くなります!私達人間はただ個人個人がバラバラに生きているのではありません、人間の人生は遺伝子イメージ群「DNA」によりある程度大きな流れはきめられています。その大きな流れとは種の維持、存続のためですが!その中から個性を見出す物、見いだせないものと出てくるのは仕方ないことだと思います。

実は私達は生まれたときは意識は持っていません。目が見えるまでは少し時間がかかり、オッパイをのむこと、便をすることなども含め消化器系の運動で意識の獲得「自我」の準備段階です。つまり遺伝子イメージの中を「コレクティブ・普遍的イメージ遺伝子群」20歳過ぎぐらいまでは人間は歴史の中を「遺伝子群」生かされてしまいます「群れで生きる動物で単独では生きられないからです」。まさに写真のとうり無意識のビックバーンをへて生まれてくるわけですイメージ的には母イメージという根源的な無意識の中に男性も女性も投げ出されてしまうという感覚です。つまり皆さまの心のシステムとして赤ちゃんはすでに心のおおまかな形は作られています。

 

その赤ちゃんの心の形は集合的「集合心」という、つまり群れで生きる動物には不可欠の心の形が埋め込まれていると理解してください。まず赤ちゃんは群れの中に適応できる心が!人間の場合は精神遺伝子とでも呼ぶ方が適当だと思います。つまり種の保存にはなくてはならない群れという単位「平均値」から心の発達はスタートします。

心の中で無意識のビックバーンが起きます、そして自我が機能しはじめるわけですが!一生この不思議な人間の成長の中を分解させたコンプレックスを経験していくことにより大人になり個性的になっていくわけです。ただかなしいかな恋をするためにも!愛を行うためには私達人間はこのコンプレックスの分解を自分自身の努力とい苦悩という儀式に向かわなければ大人になることはできません。最近東大生の強姦事件、ストーカー、自民党の議員、虐め、怖いですね、人間的なさぼり現象が蔓延しています、つまり人間を科学があまく見ているのです。心理学は経験科学なので科学的法則ではとても理解できません。

私達人間にとり目を始めて開いたとき!センセーショナルなことが起きます。つまり意識の先駆け!イメージ感覚活動の始まりです。このとき対面するのは母、女性である必要があります。つまり遺伝子がそもそも母に設定されています。母でなくても女性である必要性が潜在的に決められています。そして「心的遺伝子」母イメージを実際の母に投影をはじめます。男の子は特にそうなのですが性差のために早めにこの愛の三角関係を抜け出さなければ恋はまだ良いのですが愛は不可能なものとなってしまいます。すでにこんなに早くに男と女はすでに運命づけられてしまいます。簡単に申しますと人間は思春期をすぎ20歳ぐらいまでは数々のコンプレックス「心的複合体」を体験することで人間として成長できます。「ほんとうは一生」

さてやっと恋のお話まできました。恋ができるようになるのは思春期の前後ですね!最近では受験勉強で恋をする暇もありませんね!でも恋は受けるもので心を動かすもの!ところが怖いのですがストーカーが最近とても多いですが、こうなると恋はおろか愛もできなくなる可能性が大なのです。東大生の強姦事件これもすでに恋ができない状態か!愛などはとんでもないことです!

皆さまは様々な環境の中に!さまざまな心の構え!をもち生まれてくるのですが主体「自己・心」の環境への適応がパーソナリティー「豊かな意識」を作りあがていくわけですが!これは大きな人間の生の流れ!運命「イメージ遺伝子群」に導かれて一生を送るわけです!猿の世界も同じですがイメージが独立して動くのは人間だけです。なんで恋ができるかというと大きな流れが恋ができるようになるまで導いてくれます、反抗期もその大人になるための一つの発達段階という運命の一つのプロセスです。ところがいじめをする子は特に男の子は将来!恋心が正常に現れない可能性があります。男の子は潜在的に攻撃性というやはり男の子独特のこころ、性質を持ちます、基本的に男の子は一人旅なのです「男の子は一人でいる時間も必要」。この攻撃性というのは女性性を獲得するためにも必要そしてその女性性が愛という意識段階まで進むわけです!精神的なことでは社会を導くという正義観、倫理観などの様々なこころにつながるわけです。古代ではみんなでとった獲物「税金」を盗んだら八つ裂きにされます。すこしお話しがずれてすいません、つまり恋もある程度の正常な発達がないと恋心が沸いてこないのです。心の構造が正常であるから恋ができるわけですね!

 

恋で終わるのも!恋から愛に展開し始めるのも?その人の大人度「意識のバランス」ということができます。意識が発達していれば愛までいくことができますが!思春期ぐらいでしたら今の日本の現状ですと!ほとんどの方は愛にはいけません。それは様々なパーソナリティーにもよりますが!最低でも女性性といコンプレックスを意識化している必要があります、つまり一人の女性として人間的にみられる状態です。これが今の日本の現実ではとても難しいのです。ごめんなさい女性も同じで男性性の分化度が恋にも比例します、女性は場合はもっと複雑で自分の持つ男性性のレベル発達度合と恋もリンクしていきます。

私たちは恋をするとき!外から感覚データー、が意識に入ってきます、意識が成長していないと、「さまざななコンプレックスを経験しない」生まれてからの意識データーが蓄えられていないと!つまり思春期ぐらいで意識が発達していないと!遺伝的な本能データを直接呼び起こしにいきます。ところが大人の意識ですと外から入ってくるデーターには変わりはないのですが!心的諸事実、つまり意識の蓄積度がはるかに多いので本能機能に直接いかせないで!さまざなコンプレックスを利用してすぐさま分類、価値づけをしてしまいます、そして特に男性はその人の価値が認められれば!愛という能動的な意識機能「努力」へ行くことができるわけです。男女ともここまでいけるのは40才すぎてしまうと思います。

 

 

 



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